「――へぇ、ベベルでねぇ」
ニュースを見ながらぽつりと呟く
「さすがにこれだけ大きいと、こんな田舎の平原でも情報が入ってくるのね」
おだまき ―― 断固として勝つ
「……ふぅん、きな臭いね」
「どうしたんですか?さん」
「あくまで私の推測だけれどね……影で何か企んでる奴がいる」
「そりゃまた物騒な話ですね」
「まぁ、悪魔で推測の話さ」
「そうですか。
――ところで、今日の収穫は?」
「クアールの髭やら毛皮やらが大量に。
あとはオーガの毛皮。最近よく採れるみたい」
「それじゃあ………
――はい、どうぞ。今日の報酬です」
「ありがとう。悪いね、いつも」
「お気になさらずに」
ひらりとチョコボにまたがり、は公司を後にする
のんびりと平原を横断しながら先のニュースを思い出す
「ユウナが反逆者、ねぇ……」
反逆者として報道されていた彼女は、自分の知っていた幼い少女ではなくなっていた
少なくとも、強くなった
「まだやりたいこともあっただろうに……」
自分の若い頃はどうだっただろうか、
思い出しかけて、すぐに止める
過去は捨てた。未来も捨てた。
ただそこにある今を生きるだけ
手に入れようと欲張りすぎて
割れたしまった風船のように
二度と戻ることなく、朽ちる時を待つのみで
ナギ平原を進んでいたユウナ一行は、途中で旅行公司に立ち寄った
物資の調達及び情報収集のためである
「この様子だと、今日中に渡りきるのは無理だな」
「当然よ。最低でも2日は見積もっておかないと」
ワッカの台詞に素っ気なく言葉を返して、ルールーは公司の店員に尋ねる
「この辺りに、野宿できるような場所はありますか?」
「あるとは思いますが……」
暫く考え込んでいた店員は、何か思いだしたのか、ぱん、と手のひらを会わせた
「ナギ平原のことでしたら、私達よりもっと詳しい人がいますよ」
「どんな方ですか?」
「店で取り扱っている商品の原材料なんかを採っている人です。
時々、マカラーニャの方面にも行ったりしていますけど、大抵はこの平原で仕事しているので」
「へぇ〜。で、そいつ何処にいるんだ?」
「つい半刻ほど前にここを去っていきましたよ。
北の方に向かっていったはずです」
「そっか。ありがとな」
「ね、その人の特徴、とかわかる?」
「黒い髪に、いつも薄い灰色のローブを着てらっしゃいます
綺麗な方ですので、すぐにわかると思いますよ」
「そうですか。ありがとうございます」
そうして公司を後にすること数時間。
すっかり日も暮れかけた頃――漸く目的の人物を見つけた
「あの――あなたが、この平原に詳しいという人ですか?」
先に切り出したユウナを見て、その女性――は、静かに口を開いた
「……何か、用?」
淡々とした口調で返し、ゆっくりと振り向く
瞬間、皆の目が大きく見開かれた
「あなたは……!」
「……なるほど、例の召喚師一行、ね」
酷く冷めた声は、灰色のローブを纏ったその雰囲気にピッタリだった
「あなたは……さん、ですか?」
「えぇ。そう言う名前だけど」
「知っています。
……父のガード、でしたよね?」
「十年も昔の話よ。今更、」
「その時から行方知れずになったきり、誰も見たことがないという話だったはず……」
戸惑いを隠せないルールーに、ふ、とは皮肉めいた笑みを浮かべる
「誰も探さなかっただけ。別に大した問題じゃない」
「そう言うことだ」
の言葉にかぶるように、低い声がした
「俺達は情報を求めているだけだ。
この女がどんな素性であろうと、関係なかろう」
「ですがアーロンさん……」
驚きと戸惑いを隠せない仲間達をおいて、アーロンはに尋ねる
「この辺りで野宿に適した場所はあるのか」
「あるけれど……せいぜい3,4人が限界ね」
「他にはないのか」
「……それだけ大人数だと、ここらでの野宿は難しい。
ま、ちゃんと案内してあげるから――着いてきて」
昔は仲間だった
なのに、今先頭を歩く二人にそんな空気は微塵も感じられない
会話どころか、視線すら合わせていなくて――
「あの……さん」
「何?」
「さんは……今まで何をなさっていたんですか?」
「ずっと一人でいた。
何にも捕われず、誰にも流されず」
「でも、行方不明になっていたって……」
「世間ではね。
うっとおしかったから姿を眩ましただけ。
エボンとか、寺院とか――『シン』とかね」
「えっ……?」
「あぁ、一つ言っておくけれど……
私のことは他言無用よ。誰かに伝われば、それは必ず広まる。
――厄介ごとは嫌いなのよ」
10年前に出逢ったときは、もっと暖かい笑顔を向けてくれた
優しく頭を撫でてくれて――本当のお姉さんのように思っていた
なのに――冷たい口調に感情の見えない無表情
10年――何があったんですか?
****************************+
「――何か、用?」
10年前とはうってかわって酷く冷めた、落ち着いた口調
表情がなくとも整った顔立ちは、些か老けたようにも見える
「……あれから10年――お前は何をしていた?」
「ユウナと同じ質問ね。答えは省略」
「あんな芝居で俺を騙せると思ったのか?」
「何が言いたいの?」
「隠していることを教えろ」
強く睨まれ、それでもは怯まない
「――話すことなんて、ない」
――否、何も持っていないから
全部捨ててしまったから。もう私には何もないから
「俺は――待っていろと伝えたはずだ」
「けれど来なかった」
酷く冷めた口調
もうぬくもりなんて忘れてしまった
「疲れたの――
……十年という月日は、私には重すぎた」
ジェクトが祈り子になって
『シン』が倒れて
ブラスカが死んで
残されたアーロンと二人、後悔だけがそこにはあった
「――俺だけが行く。お前は来るな」
「どうして?!私だって……悔しいのに……」
「お前にはまだ守る者がいるだろう」
「でも……!」
「後で俺も行く。だから待っていろ」
「アーロン……!」
信じるしかなかった
最愛の人を信じて、ただ走るしかなかった
でも――そこには『無』しかなかった
ベベルへと戻るやいなや、寺院の僧兵達に身柄を拘束されて――
周りのすべてが、閉ざされたように思えた
「――、」
物思いに耽っていると、ふいに名を呼ばれた
「俺は……あの後ザナルカンドへと渡った」
「……?」
唐突な話にの眉が僅かに寄せられる
「そこでティーダの後見人をして……アイツと共に、こちらへ戻ってきた」
「……それで?」
「――ジェクトは終わらせることを望んでいる。
そのために……俺は――「死人になった」
アーロンの言葉をの冷たい声が奪う
「知ってる……全部、わかってる」
「……お前……」
逃げなければ、まだやることがある
そう思って――真夜中の寺院を抜け出した
大切な、自分の愛刀だけを手に握って
走って、走って、人目に付かないよう影をただ走って
漸く帰り着いたザナルカンドの奥で、漂う思念が映し出したそのときの記憶
その瞬間、すべてが消えた
ナギ平原に降りてきた自分を待ちかまえていたのは、寺院の僧兵部隊だった
捕縛……もしくは暗殺に来たのだろう
それでも良いと思えた
もう何も残されていないのだから
ここで死ねば、大好きな人に会えるかもしれないのだから
ふと、頭の片隅にそんな考えがよぎる
冷徹な刃が振り下ろされる――
静かに目を閉じて……そして……
私は――剣を振るった
考え終わるよりも先に体が動いた
生きることを望んだ
私は――自分の命を選んだ
「、何があった」
「あなたにはそれを聞く権利はない。……私も話すことは出来ない」
の口調は相変わらず冷たい
「アーロン、私はもうあの頃の私じゃない。
もう30だ。取り戻すには――遅すぎる」
一瞬、す、との瞳が細まった
「……けれど、完全に切ることは出来ない。だから……」
すらりとは刀を抜く
「これで決めよう。
あの時つかなかった決着と共に。
アーロンが勝ったらすべて話す。
私が勝ったら何も聞かずに去る。――いい?」
一方的な提案だが、アーロンは黙って頷いた
――の瞳が、その苦労を物語っていたから
翌朝――
朝日が昇る頃、とアーロンは向かい合って立ち会う
の手には細長い刀が
アーロンの手には太刀が
薄い日の光を浴びて、静かに輝く
「――」
ふいにアーロンが口を開いた
「後悔しないな?」
「今更、」
「ならば――俺を殺す気でこい」
ぞく、と辺りに殺気が漂う
「それは――こっちの台詞よ!」
言うか早いか、の足が地を蹴った
刃のぶつかり合う音が朝の草原に響き渡る
甲高く、乾いた其の音だけがこの静かな空間を支配していた
「っは……さすがにアーロン相手じゃいつも通りにいかないか」
「体に染みついた武術はそうおいそれと変わるようなモノではない
――何年のつきあいだと思ってるんだ」
「ここ10年は音信不通でしたが?」
からかうような言葉を交しながら剣を交える
――負けるわけには、いかなかった
自分の体は、生きることを選んだ――
そう確信した直後――すべてを捨てた
そして、その場にいた僧兵達を一人残らず斬り伏せた
あの日、私はすべてを捨てた
過去も
未来も
誇りも
笑顔も
涙も
誰かを思う感情も、
心さえも、捨ててしまった
あの後、何度か追手はやってきた
そして、自分の中の『生』への執着心は、
いつしか、『勝利』することへの執着と変わっていた――
生きるためには、勝つしかない
心をなくした自分にとって、それだけが生きる糧であった
今だってそう。
自分たちは今、『殺し合い』をしている
少しでも隙を見せたらやられる
そうなったら――負けだ
「――っ絶対……負けない……!!」
ぎり、と奥歯が鳴る
絶対勝つ。勝たなければいけない
――負けられない理由があるから
数え切れないほど人を殺した
すべてを捨てて、ただ生きることだけを選んだ
宿る心をなくした体は――ただ血に染まってゆく
自分の過ごしてきた日々は、あまりに汚く血に染まりすぎた
それを語ることなど――できない
「はぁっ――!」
ぐ、と刀を強く握り、アーロンの正面へ振り下ろす
ザク……
鈍い音がして、何かが切れた
「――!?」
ぽた、ぽた、と静かに流れ落ちる赤
の瞳が大きく見開かれる
「なん……で……」
の視線の先は、軽く挙げられたアーロンの腕――否、手のひらだった
素の手のひらに、の振り下ろした刀が深々と食い込んでいる
あふれ出る鮮血は刀を伝い、の足元に紅い血溜まりを作っている
「――勝負あったな」
静かな声と共に、アーロンは構えていた太刀を下ろす
そして、空いた手での刀も下ろすと――
「……」
呆然と立ちつくすを、優しく抱きしめた
「あ……」
かろん、と音を立てて、の手から刀がこぼれ落ちる
懐かしい温もり
大好きな匂い
捨てたはずの過去の想いが、一気に甦ってくる
――あぁ、そうか
「……お前だけを、想っている」
「アーロン……」
やっと……思い出した
「わ……たし……も……」
ぽっかり抜け落ちた、大切なコト
貴方を――愛しています
赤い衣の下で、涙が一筋朝日に映し出された
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
五月の花お題は「おだまき」です。花言葉は”断固として勝つ”
なんだか血生臭い話になってしまいましたorz
しかも日付変わってしまってます;;
切ない系を目指して書いてみました。いろいろと突っ込み所満載でしょうが、お許し下さい;
2007 5 30 水無月