えにしだ――幸せな家庭

  「アーチャー、おはよう」
   午前6時
   真冬なので、まだ夜が明け切らぬ時間帯だ。
  「今日も寒いね。
  ――はい、コーヒー」
  す、と差し出されたカップには、湯気立つコーヒーが注がれていた。

   マスターである凛が、セイバーのマスター……衛宮士郎の家で寝泊まりするようになって一週間。
  衛宮士郎の同居人である彼女――は何かと自分に話しかけてくる

  「昨日もずっとここにいたの?」
  「無論だ」
  「寒くなかった?」
  心配そうな表情は、本当に心配をしているのだろう
  「……大丈夫だ。
  君が気にするほどのことではない」
  ふ、と微笑ってみせれば、安心したように顔を綻ばせる。
  「そっか、アーチャーは強いんだったね。
  ごめん、見くびってた」
  率直すぎる意見に、無邪気な笑顔

   には善も悪もない
  ただ自分の想う者を守るという強い意志のみ

   そう……昔と変わらない


   は記憶を失っている
  その点は自分と変わらない。……だが、自分には英霊となってからの記憶がいくらか在る。
   そしてとは……英霊になってから出逢ったことがある

   『不思議だね……
   記憶がないのに、初めてあった気がしないの。
   過去か未来かわからない……けど、今ではない何処かで……
   自分たちでもわからないくらいと追い何処かで、繋がっていると思うの』


   衛宮邸に来て最初の夜、が言った言葉はよく覚えている。
  もっともは、見張りを命じられた自分のことを心配し毛布を持ってきたにもかかわらず、そのまま眠ってしまったのだが。

   魔術師だがマスターではないこの少女に興味を抱き、
   もっと知りたいと思い、
   既に――もっと昔から既に、知っていることに気づいた。


  「……チャー、……アーチャー?」
  「――っすまない。何か、あったのか?」
  「あ、別に何でもないの。
  ただ、アーチャーが難しい顔してたから……」
  やや戸惑いを含んだ表情は、声をかけてはいけなかったと思っているようだ
  「………」
  「………」
  妙な沈黙が続く
  とはいえ、屋根の下からは二人のマスターともう一人のサーヴァントの声や雑音が絶えないのだが。
  「……ね、アーチャー」
  ふいにが口を開く。
  その表情は穏やかだ
  「何だ?」
  「こんなこという時期じゃないかも知れないけど……
  私……今が幸せだと思うの」
  「……また、不可解なことをいうな。君は」
  「なんていうか……家族みたいじゃない?
  士郎がいて、セイバーがいて、凛がいて、藤ねえや桜もきて……
  それで……アーチャーがいて……」
  語りながらはふわりと微笑む
  「賑やかになって楽しいし、
  こうして毎朝アーチャーと話せるし……


  …………私、今までずっと独りぼっちだったから……」
  何処か寂しげな笑顔
  「……「死なないでね、」
  きゅ、と強く握られた拳。
  「死なないで……帰ってきて。
  一日でも……一時間でも長く、この幸せな家庭が続いて欲しいの……」



   傷ついても私が直す

   疲れていたら私が癒やす

   何があっても待っているから
   私が家を守るから


   だから……死なないで、生きて帰って



  「――無論だ」
  ハッキリと言葉を返し、彼女に手を伸ばす
  「こうして君のモーニングコーヒーを飲めなくなるのは惜しいからな」
  腕に抱えられたポットを取り、空になったカップにかわりを注ぐ。
  「それに……この時間もそう悪くないしな」
  と過ごすこの僅かな時間を、少しでも長く感じられるのなら……
  この奇妙な家庭を守るのも良いと、
  少なからずそう思えた。
 


   どうか――この危うくも幸せな時間が一刻でも長く続かんことを……





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   あとがき
  「花言葉でお題」第一回目4月は、28日の誕生花“金雀児(えにしだ)”です
  花言葉は『豊饒、幸せな家庭』
  今回は幸せな家庭のほうを使わせていただきました。
  幸せな家庭を思い描くヒロイン……という感じで書いてみましたが……
  何気に、ちゃんとアーチャーさん夢書いたのは初めてだったり;
   2007 4 28  水無月