吹く風に冷たさを感じるようになった十月の終わり。
練習を終えて解散しようとしているところに、彼女らは突然やってきた。
「トリック・オア・トリート」
そんな、誰もが予想しなかった言葉を携えて。


「は?!」
誰もが驚いたが、飛び抜けて大きな声を出したのは日向だった。
「コホン……トリック・オア・トリート?」
驚き固まる面々に、彼女はもう一度、滑らかな発音で繰り返す。
「ほら、お菓子あげないとイタズラされちゃうわよ?」
カントクの言葉で金縛り状態から戻った部員たちは、今度は一様に疑問符を浮かべた。
「まったく鈍いわね。今日はハロウィンでしょう?」
にやにやと楽しげな表情を浮かべながらリコは彼女の隣に並ぶ。頭にはいつのまにか黒い猫耳のついたカチューシャがセットされていた。
そして彼女の方はというと、とんがり帽子にマントとステッキという本格的な魔女コスプレのまま立っている。
「いや、それじゃがいる意味がわかんねえって。」
「だってこんなの一人でやったら痛いじゃない。」
「おい!てかも何でそんな格好してんだ!」
「気が向いたから。」
声を荒げる日向のつっこみにも魔女姿の彼女は淡々と答える。
「細かいことは気にしないの。ほら、誰からでもいいわよ?」
「いや……つっても……」
戸惑ったような空気。誰もお菓子などもっていなかった。
「それじゃあ全員イタズラ決定ね。」
語尾に音符でも付きそうな口調でリコはの持つバスケットから何か取り出す。
「こ、これは……!!」
目の前に出てきたのはラージサイズのタッパーだった。
ふたが開けられ、中に入ってるものが姿を表す。
「じゃーん。私との特性カップケーキよ!」
「なっ……?!」
中に入っていたのはプチサイズのカップケーキだった。彩りにドライフルーツを使ったシンプルな出来上がりに見える。
「じゃあまずは小金井くん。」
「俺?!」
「さ、どれでも好きなのを選んでちょうだい。」
「どれでもって……」
「ほら、早く。」
急かされるままに小金井は真ん中のひとつを手に取り、かぶりついた──


「──うっ」
「コ、コガ……?」
一同が見守る中、小金井はゆっくりと顔を上げて、
「ん……?あれ、普通に美味……い……?」
「な、何だってー?!」
驚く声が体育館中に響いた。
「運がよかったみたいね。」
は誰にとも無くつぶやく。
「どういうことだ?」
「この中にはひとつだけ“特別”なケーキが入ってるの。要するに……」
疑問符を浮かべる日向たちに、は一言、告げた。
「ロシアンルーレット。」




それから何人目かの挑戦で、“特別”なカップケーキは出現。
幸か不幸か、当たった一人はその何とも形容しがたい、想像を絶するような味を表情だけで伝える羽目になった。



「はあ……何か疲れたな……」
帰り道で日向は大きなため息を吐く。
「まったく、お前も変なところで付き合いいいよな。」
「そう?」
は相変わらずの淡々とした表情で返す。
黒ずくめの魔女の衣装は紙袋にしまわれ、グリーンのパーカーの裾がひらひらとはためく。
「そういや、そんなのどこで手に入れたんだよ?」
「作った。」
「いつのまに?!」
「ウソ。既製品にちょっと付け足しただけ。」
「なんだ、そういうことか。……にしてもやっぱ器用だな。よく出来てた。」
「そう?」
先程とほぼ変わらない返答に、日向はふ、と微笑む。
「さっき俺が食ったの、お前の作ったヤツだろ。」
「……そう。よくわかったね。」
かすかにの瞳が揺れる。
「顔見てりゃわかるって。」
「……そう。」
「んで、今は明日の休みをどうしようか考えてるって感じだな。」
の頬にわずかに赤みがさす。
「図星か?」
「……そうね。」
良くも悪くも無駄な維持を張らないのは彼女の特徴であり美点だ。
「たまにはどっかいくか。お前も勉強ばっかりだしお互い息抜きが必要だろ。」
思いついた提案に数秒思案して、は小さく頷いた。


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 あとがき
 オ チ が な い
ロシアンルーレットとねこみみリコがやりたかった。
日向にはクールヒロインが万歳。

  2013 10 30   水無月