「ゲーンーマー。いるー?」
コンコン、とノックをするだけして、家主の許可を得る前に玄関のドアを開ける
「おう、」
それが日常茶飯事である故か、家主であるゲンマもさして気には止めない
「……って、なんだその格好?」
だが、いつもと違う装いは気にとめた
「あ、これ?この後任務でさ。家にいても退屈だから時間潰そうと思って」
「任務って……諜報か?」
「諜報じゃないけど、私がやるのは似たようなもんかな
ターゲットを止めたりする囮役だから」
「囮、か」
ゲンマが呟くと、は一瞬不思議そうに小首を傾げて、
「でもなかなか似合ってると思わない?」
そう言いながら、どう?と両腕を広げて見せた
 牡丹の花柄の濃紺の浴衣に淡い桃色の帯
 結い上げた髪にも同じく牡丹をあしらった簪をつけている
「そうだな……馬子にも衣装、ってか」
「なにそれー。折角紅に着付けてもらったのにー。ライドウたちは褒めてくれたー」
むくれてみせると、悪ぃ、と詫びながら頭を撫でられた
「綺麗だぜ、
今度は真面目らしく、も素直にありがと、と微笑う
「てか、折角着飾ってるんだから、空気読んで素直に褒めてよ」
「空気なんて知るか」
言葉と同時に不意打ちでデコピンを食らう
「いたっ
何すんの!」
「少しは自覚しろ」
「?」
キョトン、と首を傾げるに、ゲンマは知らず溜息をこぼす
「お前は元々綺麗なんだよ。着飾ったからより際立って見えるだけだ」
バカ、ともう一度額を小突かれた
「ゲンマ……マジ?」
びっくりして目の前の長身を見上げると、
「マジ」
と至極真面目に返された
「一番よく見てる人間が言うんだ。信じろよ」
「んー……それもそっか」
納得したように頷き、聞こえるか聞こえないか位の小さな声でありがと、と呟く
聞こえないように呟いたのは、ゲンマの言った事が格好良かったり、その優しさが嬉しかったり、それを喜んだりしてる自分がちょっと悔しかったりするからだ。
「それにしてもあっつーい」
ぱたぱたと小さなハンカチで扇いでみるが、あまり風は来ない。
むしろ生温い風が半端に流れてくるだけだった
「ゲンマー。アイス食べたーい」
ソファに腰掛け、子供のように足をばたつかせてみる
「ハー○ンダッ○のバニラが食べたい」
「んなもんあるか」
おねだりは即座に却下される
「30歳独身男の家にそんなもん備えてあるワケねーだろ」
「……わかってる。言ってみただけよ」
「アイスが食べたきゃアンコの家にでも行けば良かったじゃねえか」
「……いいの、ゲンマの所で」
ぽつりと呟く
「なんとなく、任務の前に顔合わせておきたかっただけだから」
心なしか、トーンの落ちた声
「……そうか、」
ゲンマは一言残すと、くるりと踵を返して台所へ向かった



は、任務の前になると時々こうしてふらりとこの家に立ち寄ってくる
そうして、いつものように他愛のない話をして、またふらりと去っていく
「ったく……素直に怖いって言えばいいものを……」
それができないのが彼女の可愛い所でもあるのだが
 は平凡な日常を愛する女だった
だが、その家柄が、才能が、彼女をこの道へと導いてしまった
初めのうちは時々陰で泣いていたのを知っている
その強さの裏にある脆さを知っているから守りたいと思うのだが――彼女はそれを善しとしない
だからこうしてふらりとやってきた時止まり木になってやれるように、と常に自分に言い聞かせている
このつかず離れずの距離が時に心地よく、時にもどかしいが――その思いは自身の胸の内だけに留めて
ゲンマは黙々と用意した器を本に載せ、の待つリビングに向かった



「――ほら、アイスじゃねえけど我慢しろよ」
「わ――」
ガラスの器に山のように盛られた白い氷を、濃緑と小豆色が飾っている
「宇治金時だ!」
「お前、好きだろ?」
「うん!食べていいの?」
「出なきゃ二人分用意するかよ」
微苦笑してスプーンを氷にさしてやる
「ありがとう!いただきます!」
ぱぁっと顔を輝かせ、は氷をすくって口に運ぶ
「ん、おいしい!」
しゃくしゃくと2,3口食べて、は隣のゲンマを見上げる
「これ、スゴイ良いお茶じゃない。小豆も……ゲンマ、良かったの?」
「いいんだよ。もったいないからって残して悪くするくらいなら、高級アイスの代替品にでもした方がマシだ」
「ゲンマ……」
「任務の前祝いだ。帰ってきたらアイスでも何でもおごってやるよ」
だから、さっさと行って無事に帰ってこい、と
秘めた想いは言葉には出さないで、
「――ん、期待してるね」
顔を上げた彼女の額に、触れるだけの口づけを落とした



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  あとがき
 ゲンマさんはぴばー。そういえば今日はアニメにでるんだっけ?
 暑すぎてかき氷が食べたいという一言から派生。
 伏せ字はただの趣味です(笑
  2008 7 17  水無月