「必ず帰ってくる。」
見送った背中に、さねかずらの花が舞い散る
梅雨が明け、すっかり夏となった七月上旬の午後。
非番に当たったは、街へ買い物に出掛けていた。
「あとは……お仏壇の花か、」
久し振りの買い物で一杯になった買い物袋を下げ、はのんびりと通りを歩く。
「こんにちわー。」
挨拶しながら花屋の戸をくぐる。
「先生、いらっしゃい。」
「いのちゃん、お仏壇の花、いつものある?」
「ありますよー。ちょっと待ってくださいね。」
暫くして、どうぞ、といのに花の束を手渡された。
「ありがとう。」
代金を払うと、ふとカウンター上のカレンダーが目にとまった。
「あ………」
(明日だ……ゲンマの誕生日……)
「……ねぇ、いのちゃん―――」
「ただいまー。………?」
買い物から帰ったは、出掛ける前とは違う部屋の様子に首を傾げる。
「ゲンマー、……ゲンマ?」
明かりを付けたばかりの部屋はもぬけの空で、いるはずの恋人がいないことには戸惑う。
「出掛けてるのかな……」
リビングへと歩を進めると、テーブルの上には一枚のメモ。
『任務が入った。必要な物を買ってそのまま向かう。
夕飯は鍋の中にシチューがある。』
急いでいたのか、走り書きで書かれたメモとキャップのしまっていないペン。
テーブルの上は、何かを探したらしく少し散らかっていた。
「任務か……仕方ないよね。
ゲンマのことだし、きっとすぐに帰ってくるかな。」
言い聞かせるように呟き、は買ってきた物を整頓してふと気づく。
「あ………カボチャ買うの忘れてた。」
またゲンマに怒られちゃう、とは財布を片手に家を出た。
「すみませーん、カボチャくださーい。」
「はいよー。いつもありがとうね。」
「いえいえ。こちらこそ。」
にっこりと微笑み、はカボチャを受け取る。
「どうもー。」
「さーてと、帰ったらゲンマのためにカボチャでも煮ようかな。」
「――っ!?」
急に名前を呼ばれ、は驚き振り向く。
「アンコ、どうしたの?」
「どうしたの?じゃないわよ、ゲンマのこと聞いてないの?」
「ゲンマがどうかしたの?」
「ゲンマの任務の事よ!聞いてないの?」
「任務って……ついさっき書き置き見たけど……」
「そのことについて、何も聞いてないの?」
「何って……任務が入った、としか……」
「ちょっときなさい!」
アンコに腕を捕まれ、はよろける。
「どこいくの?!」
「良いからとにかくついてきて!」
「ゲンマッ!!」
先を急ぐアンコの発した名前に、は戸惑う。
「アンコ?……それに……」
、と呟くような声は、驚いているように聞こえた。
「どうしてここに?」
「どうして、じゃないわよ。
アンタ、何でにこんな大事なこと話してないわけ?!」
「ちょっとアンコ、」
何が起きているのか解らないが、アンコがキレる前に止めようとは手を伸ばす。
「、ちょっと黙ってなさい!」
の手を振り払い、アンコはゲンマにつかみかからんばかりの勢いで突っかかる。
「アンタのこと大事に思ってたんじゃないの?!
こんな時だからこそ、恋人らしくしてあげるのが男ってもんでしょうが!」
「………任務内容は基本的に口外しないものだろうが。」
「それでも、今回のは話しておく必要があるわよ!
の気持ち、考えなさいよ!」
アンコの言葉に動揺して視線を泳がせていると、ふいにゲンマと目があった。
瞬間、は息を呑む。
冷たい視線。
恋人でもなく、
友達でもなく、
仲間でもない、
ただ一人の忍としての、鋭い視線。
「………そう、よね。
ゴメン、何か引き留めちゃって……
ほら、アンコも下がりなよ。」
渋々アンコが退ると、はくるりとゲンマに背を向けた。
「ゲンマ……いってらっしゃい。」
そう言い残し、はその場から走り去っていった。
「……ゲンマ、今日何日かわかってる?」
「……7月16日だろ。」
「……凄く楽しみにしてたのよ。
明日のために、ずっと前から準備してて……」
パン、と乾いた音が響く。
「……これ以上アタシの親友泣かせたら、ただじゃおかないわよ。」
「……んなこと、わかってらぁ。」
苦い思いだけがそこに残った。
任務の連絡がはいったのはつい小一時間前。
は買い物に出掛けていた。
火影様に内容を聞いたときは戸惑ったが、これも忍の宿命。
には伝えず、こっそり行こうかと思っていた。
だから、アンコに連れられたを見たときは驚いた。
アンコに詰め寄られたときもなにも言い返せなかった。
いってらっしゃい、と言ったときのの表情が頭から離れない。
今日が何日で、明日が何の日かもわかっていた。
が腕に抱えていたカボチャは、恐らく俺のためだろう。
「………」
何故、言葉をかけてやれなかったのだろう、と自責の念が襲う。
「よし、皆揃ったな。」
後ろから聞こえた声に反射的に振り向く。
今回の任務の隊長、はたけカカシがそこに立っていた。
「聞いていると思うが、今日は俺、ゲンマ、ミクモの三人一組で動く。
隊長は俺。用意は良いな?」
行くぞ、といわれ、一歩踏み出そうとしたが、足が動かなかった。
先程のの表情が何度も蘇ってきた。
「……すみません、忘れていた用事、思い出しました。」
驚くカカシとミクモをあとにして、ゲンマは走り出す
「やっぱりちゃんが大事か、」
「聞いていたんですか。」
「まーね。」
「ゲンマ………」
あのあとアンコに聞いた。
ゲンマの任務は、抜け忍の始末らしい。
以前から追い忍をやっていたがなかなか捕まらず、2,3日は確実に帰ってこられないと言うことだった。
任務なら仕方がない、と言い聞かせてみるが、
ゲンマの誕生日を祝うことを楽しみにしていたのもまた事実で、
テーブルに並べたカボチャを見つめ、はため息をつく。
ゲンマは自分のことを大切に思っていてくれている。
だから心配をかけないためにわざとやった。
わかっていても……寂しかった。
そんなに自分は頼りないのか?
これでも特別上忍で、忍の端くれ。
自分のことは大丈夫だと、ゲンマに言ってやりたかった。
それも、今となってはもう遅い。
二度目のため息をつきかけたとき、テレビの上の電話が突然鳴り出した。
「もしもし……」
『か?』
電話の向こうの声に、は驚く。
「う、うん。私……」
『時間がないんだ。お前が怒ってるのはわかってる。
けど、少しで良いから俺の話を聞いてくれ。』
「………」
『俺達は、忍だ。』
「………」
『任務中は余計な感情は捨てなければならない。』
「………」
『でも、忘れるワケじゃない。』
「……?」
『何処にいても、何やってても、ちゃんと憶えてっから。』
暖かい言葉に、目頭が熱くなる。
『約束だ。必ずお前の所に帰ってくる。』
「ゲンマ……」
じゃあな、と切れた電話。
受話器を握りしめ、ぐ、と涙を堪える。
「……ん?」
ふと目に映ったのは、窓辺に置かれた一輪の花。
「これ……さねかずら……?」
手を伸ばしかけて、思い出す。
さねかずらの花言葉は――……
“再会”
ゲンマが置いていったのであろうその花は、
たった一輪なのに酷く美しく見えた。
一輪の花と、受話器の奥の声。
ゲンマの想いが嬉しい。
「さて、カボチャ煮なくちゃ。」
大丈夫、きっとゲンマは帰ってくる。
ゲンマが帰ってきたら一番に謝ろう。
そして一緒にカボチャを食べて……
“誕生日おめでとう”と言おう。
さねかずらの花が、夕陽にとけ込む。
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あとがき
おくれましたがゲンマさんお誕生日おめでとうございます。
何だか最後はやっつけ仕事でしたが;
花ネタは必ず使いたかったんですけどねぇ;:
この話を書く際にゲンマさんの誕生花と花言葉を調べました
ゲンマさんの誕生花は7月17日でギボウシ。
花言葉は「沈静・落ち着き・静かな人」だそうです。
いやぁ、ピッタリですね。
とにかく、誕生日おめでとうございますvv
2006 7 20 水無月