「おはよ……」
「ん……はよ」
ほとんど同じタイミングで目が開いて、気だるいまま朝の挨拶。
聖なる夜を二日ほど過ぎた日の朝。
リーゼ・マクシアにもクリスマスはある。
普通の人々は恋人や家族などと楽しい夜を過ごしていたのだろう。
だが、傭兵や研究者には関係のない話。
クリスマスもいつものように仕事に行き、一日を終えた。
アルヴィンのほうは、報酬と一緒にクリスマスカードを貰ったのが違いといえば違いか。
「疲れた……」
はあ、とは全身の力を抜いてベッドに沈み込む。
「何でこんなことになってるのかしら……」
「そりゃ、一週間……いや、十日か?
そんだけ離れてりゃ溜まりもするって。」
の細い体躯を抱き寄せて、アルヴィンは額に軽くキス。
二人で朝起きた時の、もはや習慣となっている。
「さらっと言うな……もうちょっと考えなさいよね。自分の歳とか。」
「おいおい、俺まだ二十七だぜ?」
「若いといいたいの?」
「若いだろうが心も身体も。」
「……じゃあ、私の体調を考えて欲しいわ。
ただでさえ前の日が徹夜で疲れが溜まってたのに……」
のほうはクリスマスの数日前から研究所に缶詰状態で、一度日用品を取りに来た以外はずっと機械とデータとにらめっこ状態だった。
「……の、割には積極的だったよな?」
「う……」
の顔を覗き込んで、アルヴィンはにやりと笑う。
その缶詰状態の反動というのか、思いのほか人肌恋しくなっていて、のほうからもアルヴィンを求めていた点がある。
なので本気でアルヴィンを全否定することはしない。
はあ、と今度は溜め息混じりで息を吐く。
「このまま寝てていいかしら……」
「買い物行くんじゃなかったのか?」
「んー……行く、わ。」
布団のぬくもりがを誘惑する。
徹夜明けの布団に勝る誘惑は存在しないと思っている。
「……あと、五分。」
お決まりの台詞に、やれやれと苦笑をこぼして、アルヴィンはベッドから降りた。
「準備できたら、起こしてやるから。」
それから朝昼兼用の食事を用意し、洗濯等々ざっと家事をこなす。
普段はがやるが、たまにはいいだろう。
を起こして、一通りの支度を終えて、家を出る頃には昼時を半刻は過ぎていた。
「……あの店、なかなかいいもの置いてたわね。」
は紙袋の中のマグカップを嬉しそうに抱きしめる。
先ほど寄った店で買ったのは、柄が対になっているペアのマグカップ。
普段は研究やら何やらで難しいことばかり考えている反面、こんな些細なことで子供みたいに喜んだりもする。
思わず笑みをこぼすと、が怪訝そうに見上げてきた。
「何ニヤニヤしているのよ。」
「ん?は可愛いなーと思ってさ。」
「……アルヴィン、実はアルコール入ってない?」
何を馬鹿なことを言っているんだ、とは呆れたように肩をすくめた。
「さてと……ついでにいるもの買い足しておかないと。」
「あー、コーヒーがなくなっちまってたな。あとは……」
「ボディーソープ切れてなかったかしら?もう面倒だし、二人同じの使う?」
一緒に暮らすようになってわかったのは、彼女は研究以外のことに無頓着。ということ。
髪の手入れとか衣服だとかはそれなりに考えているようだが、生活の中に女っ気というものがほぼない。
コーヒーをよく飲むが、カップが手元にないとビーカーで飲んだりもしてたぐらいだ。
「まあ、俺はかまわねえけど。」
「わかった。……あと、何か欲しいものある?」
「何か見つけたら考えるよ。それより、手繋ごうぜ。」
「え?あ、」
ひょい、と彼女の手から紙袋を取り上げ、無防備になった手のひらを攫う。
一瞬驚いたが、振り払われることはない。
とりあえず必要なものを買い揃えて、様々な店が並ぶ通りをぶらぶら歩く。
「……お、」
ふと、一軒の店がアルヴィンの目に留まった。
「、ちょっとあの店覗いていかねえか?」
「ええ、いいけど。」
の手を引いて目に留まったアクセサリーショップに入る。
「アクセサリー?」
「ああ。折角だし何か買おうぜ。俺が出すからさ。」
「別に、私はこういうのは……」
「たまにはいいだろ。
つか、恋人なのにクリスマスにそれらしいこと何もしてやれなかったからな。
日は過ぎちまったけど、プレゼントぐらいさせてくれねえか。」
は一瞬ぽかんとしてから、
「……そうね。そういうことなら、たまには。」
嬉しそうに、ふ、と微笑んだ。
「ふーん……いろいろあるのね。」
綺麗に並べられた様々なアクセサリーを眺め、は感心したように呟く。
興味が無くともこういったものに惹かれてしまうのは、女の性というヤツなのだろう。
「一応訊くけど、どんなのが好きなんだ?」
「さあ?何が合うのかもわからないわ。
私の洒落っ気の無さはしっているでしょう。」
「だよな……」
陳列された商品をざっと眺める。
ダークグレーの髪に真紅の瞳。きちんとした格好をすれば、はかなりの美人だ。
なので華美なものよりもシンプルなほうが似合うだろう。
そんなことを考えて、目に付いた銀製のかんざしを手に取る。
「これなんかいいんじゃないか?」
「ん……どれ。」
軽く髪に当ててやると、思ったとおり、なかなか似合う。
だが、は少し困ったような表情をしていた。
「気に入らなかったか?」
「そうじゃないわ。
……その、出来ればいつでもつけていたいのよ。」
かんざしを棚に戻して、は軽く肩をすくめた。
「仕事の途中で転寝したりすることもあるし、雨とかで濡らして傷めたくないの。」
不意打ちの表情にアルヴィンが面食らっていると、は隣の棚に手を伸ばした。
「……これなら、いいかもしれない。」
そう言ってが見せたのは、飾りも何も無い、銀のイヤリング。
らしいチョイスだ、とアルヴィンは内心で笑った。
「髪、よけてくれ。」
露になった耳元に当ててみると、実によく似合った。
「どう、かしら?」
「いいと思うぜ。」
「じゃあそれで。」
嬉しそうな表情で、即断即決。
「他のは見なくていいのか?」
「こういうのをごちゃごちゃ考えるのは苦手なの。
それなら、つけても仕事の邪魔にならないし。」
わかった、と頷いて、やり取りの一部始終を見ていた店員にお会計をしてもらう。
それを紙には包んでもらわず、アルヴィンはそのまま持ってきた。
「、髪上げて。つけてやるから。」
「え、ええ……」
白い耳朶に銀の輪をはめる。
鏡でつけた様子を確認したは、ん、と頷いてアルヴィンのほうを向いた。
「うん、いい感じ。」
「ああ、よく似合ってる。」
「ありがとう、アルヴィン。嬉しいわ。」
そう微笑んだの頬はほのかに赤くて。愛しくて、抱きしめたい衝動に駆られる。
それをこらえて、アルヴィンはの手をとると、少し足早に店を離れた。
「今日は楽しかったわ。」
「そりゃ良かった。」
帰路についても、は上機嫌だった。
そんなを見ていて、ふと思ったことが口をつく。
「……来年は、ちゃんと祝うか。」
「クリスマスのこと?」
「そ。ちゃんと休みとって、昼はデートして、夜は洒落たレストランで食事。
恋人らしいクリスマス、過ごそうぜ。」
は呆気にとられたようにアルヴィンを見つめた。
「……柄じゃねえって笑うか?」
アルヴィンがやや不安げに訊ねると、まさか、とは首を横に振る。
「アルヴィンからそんなことを言ってくれるとは思わなくて。
ん……そうね、いいと思うわ。」
来年は、と、不確定だが、傍にいてくれるということが嬉しいのだ。
の答えに、アルヴィンもふ、と微笑む。
「よし。じゃあ、来年はちゃんと休み取れよ。」
「わかっているわ。アルヴィンも、約束よ?」
ああ、と頷いて、アルヴィンは繋いでいた手を解き、の頭を軽く撫でる。
「あと、あんまり無理すんな。
寝るだけでもいい、少しの時間でもいいから、ちゃんと帰ってきてくれ。……頼む。」
一週間近く缶詰状態で会えなかったのは、結構堪えたようだ。
「ええ……これからは、気をつけるわ。」
それはも一緒で、撫でられるまま、小さく頷く。
昨夜の情事の時の様子から、心配をかけたのは何となく察していた。
どうやって詫びるか、とに考え付くのは一つだけで、今日はそのための買い物でもあったのだが、
「ねえ、アルヴィン。」
「ん?」
「心配をかけてごめんなさい。
それと……ありがとう。好き、よ。」
触れる手のぬくもりに、柄にも無く素直に言葉が出てきてしまった。
今度はアルヴィンがぽかんと口を開けて固まる。
「お詫びというか、プレゼントというか、私も用意しているから。さ、帰りましょ。」
「――、」
先に歩き始めたの手を捕まえて、その唇に、触れるだけのキス。
「俺も、好きだよ。」
の頬が赤く染まった。
「こ……こんなところで……!」
「お前が可愛いこと言うからだろうが。」
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あとがき
クリスマスにリア充爆発しろ!と思いながらエクシリアやってたら思いつきました。
少し前のブログで上手くまとまらなかったと言ってたやつです。
アルヴィンが大人になりきれない子供、ヒロインが子供のようにいたいと思う大人、というイメージで書きました。
ヒロインの用意するプレゼントといえば、もちろんピーチパイです。
2011 12 30 水無月