「ふう……今日はもうそろそろ休んだほうがいいかな?」
「そうですね。どこか野宿できるところを探しましょう。」
長い街道を一日で通り抜けるのは無理がある。
ということで、岩場など野宿できそうな場所を探すことにした。
「……おい、!」
のだが、は一人どんどん街道を進んでいく。
初めは皆の近くで辺りを散策していたのだが、徐々にその場を離れ始め、奥へ進み始めたのだ。
見かねたアルヴィンが後を追う。
「一人で何ふらふらしてんだ。俺じゃあるまいし。」
肩を掴んで引き止めると、はじっくりと辺りを観察する。
「何かあんのか?」
「人が住んでた形跡があるわ。近くに家とか残ってるかもしれない。」
「本当か?」
が頷く。これでも博士号持ちの研究者なので、その知識は確かだろう。
「多分この先。様子を見てくるから、アルヴィンは皆を呼んできて。」
「はいよ。」
ジュードたちを連れてアルヴィンが戻ってくると、がひらひらと手を振って待っていた。
「集落の跡があったわ。……それと、民家がひとつ。」
「さっすが博士。目が利くね。」
「誰か住んでいるんでしょうか?」
「それは見てみないとわからないわ。」
の案内で街道を少し外れたところに出ると、たしかに一軒の民家があった。
「思っていたより綺麗だね。」
「もっと幽霊屋敷っぽいのを想像してたけど……」
建物はさほど朽ちておらず、誰かが生活しているような様子も伺える。
「──あらあら、どちら様で?」
近づくと、建物の裏から初老の女性が現れた。
「珍しいわねえ。こんなところに人が来るなんて。」
「こんにちは。こちらに住んでいらっしゃるんですか?」
人当たりのいいジュードが話しかける。
「ええそうよ。ずっとここに住んでいるの。」
「僕たち、この街道を抜ける途中なんです。
それで、野宿できる場所を探していたらこのお家を見つけて……」
「あらあら。そういうことでしたか。
私の家でよかったらどうぞ泊まっていってくださいな。部屋はたくさんありますから。」
にっこりと微笑み、老婦人は家の中に案内してくれた。
「ちょうど夕食を作ろうと思っていたの。ふふ。久しぶりに賑やかな食事になりそうだわ。」
「手伝いますよ。この人数ですし、食べ盛りもいますから。」
ちらりとミラたちのほうを見る。彼女を筆頭に、ジュード、レイア、エリーゼも成長期だ。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。
私はソテーを作るから、シチューのお鍋を見ていてもらえるかしら。」
「シチューですか。いいですね。バランスよく栄養が摂取できる。
ここらは少々冷えますし、体温を上げて抵抗力をつけておかないと。」
「ふふふ。そんな難しいことは考えていないわ。
たくさんの食べ物を一度に美味しくいただけるのが、シチューのいいところなのよ。」
「すみません。研究調査が仕事なもので、つい。
……ところでお婆さん、この集落にいた人たちはどこへ?」
横目で表情を追いながら訊ねると、少し驚いたような表情をされた。
「ここのことを知っていたの?」
「いえ、この付近で集落のあった形跡が確認できたんです。
それを追ってこちらにたどり着いたのですが……」
老婦人は仕上げたソテーを火から下ろして、寂しげに微笑んだ。
「みんな他所の町へ行ってしまったわ。今は暮らしも便利になってきているから。」
「お婆さんは出て行かれないのですか?」
「ええ。この土地が気に入っているから。」
そう言って、老婦人はにこりと微笑んだ。
「ご馳走様でした。」
「ああ、美味かった。実に見事な味付けだったぞ。」
ケムリダケのシチューと山の幸を使ったソテーは好評だった。
「こんなに綺麗に食べてもらえるなんて、作った甲斐があるわ。」
満腹で幸せそうな若者たちを見て、はふ、と微笑む。
「まるで母親だな。」
その傍らにいたアルヴィンが頬杖をつきながらそう漏らした。
「子供が多いからね。自然とこういう感情が身についちゃったのよ。」
そう言いながらちらりとアルヴィンを見る。
「こっちに身体の大きな子供もいるし?」
「ぶっ!」
の付け足した言葉に、アルヴィンは食後の紅茶(ローエンブレンド)を思い切り噴き出した。
「何やってるの。」
「っ……お前、わざとやってるだろ。」
「さあ?」
げんなりとした表情から放たれる視線をふい、とかわして紅茶を一口。ローエンのブレンドは絶妙だ。
「皆さん、デザートを用意しましたよ。」
と、老婦人がテーブルの上に皿を置いた。
可愛らしい皿に盛られたのは、宝石のようにきらきら光る、赤。
「イチゴだ!」
「美味しそうです!」
覗き込んだエリーゼとレイアが嬉しそうな表情になる。
「裏の畑で作ってるイチゴなのよ。どうぞ召し上がれ。」
紅茶のカップを置いて、も一つ手に取る。
真っ赤に熟れたイチゴは、どれもルビーのように綺麗な赤色をしていた。
「綺麗な色。お婆さんが作っているんですか?」
「ええ。亡くなった主人が植えたものなのよ。
といっても、元々はこの集落の特産でね。”願いが叶うイチゴ”っていわれていたのよ。」
「”願いが叶うイチゴ”?」
レイアとエリーゼが興味津々に訊く。こういう話題に目がないのは、年頃の女の子らしい。
「叶えたい願いを思い浮かべて、このイチゴを一口で食べるの。
そのイチゴが甘かったら当たり。
私があなた達ぐらいの年のころに流行ってたおまじないなのよ。」
「おまじない、なんですか?」
「旅人からの口伝でそれが広まってね。いつの間にか”願いの叶うイチゴ”になっちゃったの。
もう十年……いえ、二十年以上も前の話かしらね。」
穏やかに微笑んで、老婦人は紅茶に口をつけた。
「特産品に信仰をかけるのはこういうところではよくある話ね。」
イチゴを一つつまんで、もふ、と笑みをこぼす。
「そのおまじないというのは、恋愛成就の祈願じゃありませんか?」
「ふふ。その通りよ。」
それからは老婦人の昔語りを少し聞いて、他愛もない話に花を咲かせた。
食後の片付けはレイアとエリーゼがするというので、は先にシャワーを借りて汗を流した。
その前に用意しておいたものを持って、寝室へ向かう。
「ん?もう片付け終わったのか。」
当然のようにベッドに腰掛けていたアルヴィンはよ、と片手を上げた。
「レイアとエリーゼが代わってくれたのよ。」
ふーん?とアルヴィンはベッドに腰を下ろしたの髪を一房掬う。
「何か濡れてっけど。」
「代わってくれたから、そのまま先にシャワー借りたのよ。」
ぱさ、とタオルを落として、は持ってきた小鉢を取り出した。
「お前、それ……」
中には、きらきらと輝く小粒のイチゴ。
「食べる?」
作業の片手間につまもうと思っていたのだが、意外にも驚いた顔をされたのでとりあえず聞いてみる。
「いや……おたく、もしかしてこういうの好きなタイプ?」
先ほどのおまじないのことを言っているのだろう。
まさか、とは笑った。
「私は根拠のないものは信じないわ。
アナタだって本気で信じてるとは思わないでしょう?」
「そりゃあな。こんなイチゴで願いが叶ってたら俺だって苦労してねーよ。」
きっぱりと言い切ったにアルヴィンは苦笑する。
「おまじないというのは自分を後押しするものなのよ。
元々実力はある。それを発揮するために背中を押してもらっているだけ。
そういうものなのよ。」
「現実的だねえ。もうちょい夢見たら?」
「研究者ってのはこんなもの。
さてと……新しい発見でもないかしら。」
そう呟いてはつまんだイチゴを口の中に放り込む。
「結局やるのかよ。信じないんじゃないのか。」
「それが必ずしも行動に直結するとは限らないわ。
ま、これは所謂ノリってやつだけど。」
それに、とは指についた果汁を舐め取り、続ける。
「信じるならもっと抽象的に願うわ。
そもそも、元が抽象的なものから発したのに、具体的に願うのは的がずれていると思うの。」
「……レイアやエリーゼが聞いたら泣くぜ。」
幸いこの部屋だけは一階にあったので、アルヴィンは内心ほっと息を吐いた。
「別に信仰を否定しているわけじゃないわよ。
ただ、私は理にかなってないと……「はいはいそこまで。」
放っておくと延々講義が続くので、赤い宝石を唇に押し当てて黙らせる。
「お前の言いたいことはわかったから。
……ったく、折角二人きりになれたのに甘さの欠片もねえな。」
「アナタが勝手に私の部屋に来ただけじゃない。」
「嫌なのか?」
「……別に、そうは言ってない。」
ぼそりとは呟くように答える。
たまに見せる照れ隠しのような表情がたまらなく愛しい。
研究一筋だった彼女も近頃はだいぶ柔らかくなってきたと思うのだが、
「もうちょっと恋人っぽくしてほしいよな。
あー、とイチャイチャしてえ。」
そんなことを言ってみると、が呆れたように溜め息を吐いた。
「それこそ、イチゴにお願いしてみたら?
馬鹿みたいだし、抽象的でいいんじゃない?」
ずい、と差し出された小鉢にはイチゴが一粒残ってる。
「ふーん……」
それじゃあ、とアルヴィンはそのイチゴをつまんで、
「とキスがしたい。」
「え?」
願いを口にし、イチゴを放り込んで、呆気にとられているの唇に喰らいついた。
「っ……ん……」
柔らかい果肉を舌と歯でつぶされると、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。
口の中に残った果肉の感触と水分が普段のキスとは違う音を立てて、頭がどうにかなりそうだ。
「はっ……っぅ……」
眩暈のような感覚に崩れ落ちそうになる身体をアルヴィンの腕が支える。
舌と歯で器用に細かく潰されたイチゴを飲み込んで、ようやく解放された。
「ん、ごちそーさん。」
「……馬鹿じゃないの。」
彼の腕に身体を預けたまま、呟く。
するとアルヴィンはにやり、と意地の悪い笑みを浮かべて、
「けど、効果はあったみたいだな。イチゴ。」
「……は?」
「キスしてえっつっただろ。俺。」
確かにそう言いはしたが、
「……馬鹿じゃないの。」
呆れたようには溜め息を吐く。
自分が言えた義理ではないが、こいつはおまじないを何だと思っているのか。
「あんなの、イチゴもへったくれもないじゃない。」
「まーな。でももう一つも叶いそうだし?」
「?」
もう一つと言うと、その前に言っていたイチャイチャしたいとかそんな戯言だろうか。
「キスした時、満更でもないって顔してたぜ。」
「は?!み、見てたの?!」
「ああ。めちゃくちゃ可愛かった。」
一気に赤くなるの額に、アルヴィンはこつん、と自分のを合わせる。
「な?効果あっただろ?」
「変態……!」
ぼそりと呟くに、結構、と笑って、アルヴィンはふわりと覆い被さった。
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あとがき
意味もなくやってしまったアルヴィン夢。何がしたかったのかわからないorz
こないだ家にイチゴが置いてあったので思いつきました。
願いが叶うイチゴというか、イチゴの形をしたお守りは日本に実在します。
2011 12 30 水無月