「ん……」
鼻にかかったような甘い声が鼓膜に届く。
もぞもぞと腕の中で何かが動く感触に、小十郎は重たい瞼を持ちあげる。
「……?」
名前を呼ぶと、腕の中の女がはっと顔を上げた。
紅色の瞳が慌てたように揺れる。
「す、すみません。起こしてしまいましたか?」
「いや……どうかしたのか?」
訊ねながら、の細い髪を梳く。
さらさらと指をすり抜ける感触が心地良い。
「あの、私そろそろお暇しないと……
小十郎様が朝議に間に合わなくなってしまいます」
「ああ……」
もうそんな時刻だったか、と体を起こしかけて小十郎は思い出した。
「いや、今日の朝議は無しだ。
毎回同じこと話しても意味がねぇからな」
気怠げに説明して、ふとに問う。
「昨夜、言わなかったか?」
「いえ、伺っておりませんが……」
初耳です、とは小さく首を傾げた。
「そうか……伝えたつもりだった。悪かったな」
「あ、いえ……でしたら、今朝はゆっくり出来ますね」
ふにゃりと微笑み、小柄な体がぽすん、と布団におさまる。
「少し寝過ごしてしまったみたいで……焦ったんですよ」
朝議が無くて良かったです、と呟き、は小十郎の腕に身を預ける。
日に焼けた髪が、寝乱れて露わになった肌を擽った。
「久し振りに、小十郎様とゆっくりできますね」
「昨夜は早くに戻らなかったか?」
「え、ええ……」
でも、とは困ったような口調で続ける。
「……昨夜は、小十郎様が……」
ごにょごにょと口の中で呟き、は頬を赤らめる。
さすがに朝から口に出すのは憚られるのか、察しろとばかりに目で訴えてきた。
――と夜を過ごすのは久し振りだった。
彼女も後援部隊を預かる身なので、互いになかなか時間を取ることが出来ない。
暫くぶりの逢瀬は――理性も何もかも消し飛ばした。
「……仕方ねぇだろ
何だかんだでお預けくらって……こっちゃ飢えてんだ」
いつも良いところで邪魔されて……と呟いて、小十郎は溜息をつく。
何とかと二人きりになれたかと思うと、いつも誰かに邪魔をされるのだ。
来客や女中達など、偶然の場合ならまだしも、政宗や成実、時々訪ねてくる真田幸村の供の忍、猿飛佐助なんかは明らかにわざとやっている。
その度には逃げ出して、丸一日顔を合わせてくれないこともしょっちゅうなのだ。
「それに、お前だって満更じゃなかったじゃねぇか」
からかうような声音で囁き、腰に腕を回して抱き寄せると、はでも、とますます頬を赤らめて言葉を返す。
「折角お時間が取れたのですから……色々とお話ししたかったです」
はぁ、と今度はが溜息をついた。
次にこうして過ごせるのはいつのことやら。
小十郎の気持ちも分からないわけではない。
限られた時間の中、一分一秒でも長くいたいと思うのはだって同じだし、
眠れない夜、何度も彼の温度を恋しく思った。
それでも、――――と思ってしまうのは、わがままなのだろうか。
「――なら、街にでも行くか?」
そんなことを考えていると、不意に頭上から声が振ってきた。
「え?」
思わず素っ頓狂な声を上げる。
「何かおかしいか?」
「い、いえ……ですが、執務の方はよろしいのですか?」
「ここんとこ静かだったからな。急ぎの物は終わらせてある。
当分、膠着状態は続きそうだしな。」
「ええと……では、畑の方は?」
「収穫まで日はあるし、今年はそこまで天候も荒れないらしいから大丈夫だ」
「で、では……「」
次の言葉を探すの口を、手のひらで塞ぐ。
柔らかく熱っぽい唇に、触れたい衝動に駆られる。
「俺と出かけるのは嫌か?」
「そんなことはありません。
ですが……小十郎様の貴重なお時間を、私などのために裂いていただくなど……」
変なところで殊勝な女だ、と小十郎は内心苦笑した。
「んなこと気にする必要はねぇよ。
俺が誘いたいから誘ってんだ。……どうする?」
腕を緩めての顔を覗き込む。
紅色の瞳が、驚きと喜びに揺れている。
「もちろん、ご一緒させていただきます」
言葉と一緒に、細い腕がきゅ、と首に絡んできた。
淡い髪の香りが鼻腔を擽る。
「嬉しいです。小十郎様と出かけられるなんて……いつ以来かしら」
幸せそうに微笑んで抱きついてくるが可愛らしい。
まずは政宗に暇を貰いたい旨を告げて、
それから出掛けるなら支度をせねば――と頭の中で考えるが、
布団に残る体温と、寄り添うの感触が心地よくて、
あと少し、このままで――
本能の赴くままに、小十郎は再度意識を手放した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
三周年記念に書いた【休日の朝】シリーズです。
一応男性視点で書いた……つもりOTL
ヒロインは後援部隊隊長さんです。ゲームしてるとちょいちょい出てきますよね。
小十郎さんの口調が分からない……orz
2009 6 7 水無月