Pipipipipi………………
直したばかりの時計を、手探りで止める。
うっすらと瞼を持ち上げると、思いの外暗い視界に一瞬戸惑った。
時刻の設定を間違えたのかと思い、時計を見直す。
いつもと同じ時間に設定してあり、狂ってはいない。
右手を伸ばしてカーテンを少しだけ開ける。
窓の外は灰色の雲に覆われていた。
「雨、か……」
着替えて寝室を出ると、香ばしい香りが鼻腔をくすぐった。
バニラの利いた甘い香り――彼女の得意料理だ。
「――?」
キッチンに顔を出すと、細い背中が目に入った。
フライパンを持つ赤いエプロン姿に、知らず笑みが零れる。
「ああ、ガイ。おはよう」
首だけ振り向き、柔らかい笑顔を向けてくれる
「おはよう、」
何のこと無い、朝の会話
それだけでも、すごく愛おしい
「どうしたんだ?こんな朝早くから」
眠気覚ましのコーヒーがゆらゆらと湯気を立てる。
「何だか早くに目が覚めちゃって。
そしたら雨が降ってて……今日どうしようか相談しようと思ってね
で、ついでに朝ご飯も作ってあげようかと思って」
くるん、とフライパンに乗ったトーストが綺麗にひっくり返る。
「あー……そうだな。どうしようか?」
「そうねぇ……――あ、出来たからそこのお皿取って。」
するりとフライパンからトーストが滑り降りる。
食欲をそそる甘く香ばしい香りに、腹が空腹を訴えた。
「はい、お待ちどおさま」
「ありがとな。んじゃ、いただきますっと……」
かぶりつくと、ミルクと砂糖の優しい味が口いっぱいに広がった。
甘すぎず薄すぎず、舌も腹も程良く満足させてくれる味わい。
特製のフレンチトーストは、甘いものが苦手なガイでも軽く食べられる一品だ。
「どう?今回はちょっと焼き方変えてみたんだけど」
「ああ、美味かったよ。
悪いな、いつもに作らせてばっかで」
「気にしないで。作るのは楽しいし……
それに、伯爵様は四六時中雑務で忙しいみたいだから」
くすりと悪戯っぽく微笑むは、年より幼く見えて可愛らしい。
「全くだ。陛下もジェイドも人使い荒いしなぁ……」
毎朝ブウサギの散歩に駆り出され、日中は書類整理や陛下捜索に奔走する。
「がいるから頑張れるんだな、ってつくづく思うよ」
苦笑気味に言葉を漏らせば、ご苦労様、とが頭を撫でてきた。
くしゃりと髪をかき混ぜるような感触と温かな手のひらの温度が心地良い。
うっとりと自然に瞼が落ちる。
「眠いの?」
「そこまで遅く起きてたワケじゃないが……疲れてるのかもな」
言葉にしてみて、あふ、と欠伸が漏れた。
「なら、今日はここでゆっくりしましょうか。
どうせ雨で出かけられないし、ね」
「いいのか?」
「休日まで疲れてる人を振り回すほど、鬼じゃないつもりだけど?
それとも、ガイはどこか出掛けたいの?」
「いや、がそれで良いなら俺は構わないよ」
「なら、決まりね。
それに、普段は私がガイに甘えさせて貰ってるし……たまには、甘えて欲しいから」
言った直後、頬を僅かに赤らめて、は席を立つ。
「じゃあ、片づけして……食後のお茶でも淹れるね」
無意識に可愛いことをしてくれるくせに、気づくと自分の一挙一動に恥ずかしがる。
少女時代を取り戻したかのようにくるくる変わる表情。
愛しくて、仕方がない
「――俺が」
自分の皿に伸ばされた手を掴む
「?」
驚いたような彼女の瞳と視線がぶつかった。
「食後の片づけは、俺がやるよ。
いつもにさせてばっかじゃ悪いしな」
「いいよそんなの。ガイ、疲れてるんでしょう?」
「そこまで極端に疲れてるワケじゃないから大丈夫だって。
はミルクティーで良かったか?」
「あ、うん」
条件反射で返事が返ってくる。
「よし。この間美味い紅茶の入れ方を教わったんだ。
いつものお礼ににとびきり美味いミルクティーを淹れてやるよ」
「って……もう!ガイったら……」
困ったような、でも嬉しそうな表情。
とりあえず皿を片付け始めると、隣にが並んで手伝い始めた。
「ホント、人が良いって言うか……進んで苦労する感じよね」
「今更言うなって……だって人のこと言えないだろ」
「私は、厳しくする時には厳しくしてるから。」
“陛下の弱点”というある意味兵器並みの異名を持つは、不適ににやりと微笑ってみせた。
「でも、今度休みが取れるのはいつのコトやら……」
「まぁ、あの人もそこまで鬼じゃないし、また機会はあるだろ」
泡を流して、最後の皿をに渡す。
「また今度、晴れたら行けばいいさ」
な?と不意打ちでを抱き寄せ、少し低い唇に軽く口付けた。
だから
今日は君と二人でのんびり過ごしたい
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
三周年記念で書いた【休日の朝】シリーズ。
女性恐怖症も何のその。なガイ様です(笑)
本当は女性恐怖症克服大作戦!にしようと思っていたのはここだけの話。
朝からフレンチトースト食べるとテンション上がります。
2009 6 7 水無月