ふ、とスイッチを切り替えるように目が覚める。
ベッドサイドの時計を見ると、いつもの起床時間だった。
目覚ましはかけていないが、もう体がこの時間を覚えてしまったのだろう。
いつ招集があるやもわからぬいじょう、早く起きておくに越したことはないのだが、休日まで仕事のクセが出てしまう自分の体に溜息をつく。
今日は非番なのでゆっくり寝ているつもりだったが、一度目が覚めてしまった以上、二度寝する気にもなれず、どうやってこの暇な時間を潰そうか――とぼんやり考えていると、玄関の方で物音がした。
足音を消して、少しずつ近づいてくる気配
細心の注意を払って、静かにドアが開けられる。
「――朝帰り、か?」
横になったまま声をかけると、入ってきた影はびくりと身を竦ませた。
「起きてたんだ……
今日は、休み、でしょう?」
「俺もゆっくり寝てるつもりだったんだけどな、体の方が起きちまった」
やれやれ、と体を起こし、相手を手招きする。
驚き入り口で固まっていた相手は、ちょっと待って、と我に返ったように手早く身につけていた物を外して、ぱたぱたと歩み寄ってきた。
ラフな格好になった細い体が、ぽすん、とベッドに腰掛ける。
背中まで伸びた髪が、ふわりと柔らかく揺れた。
「、」
低く呼んで、細い体を抱き寄せる。
何の抵抗もなく倒れ込んできた体を受け止め、息のかかる距離で話しかける。
「遅かったんだな」
「ん……ちょっとね」
トーンの低い声で言葉を返し、はゲンマの胸に体を預けた。
ふ、と息を付いたゲンマの鼓動を、薄い布越しに感じる。
「……また、一人死んだ」
「…………」
「私……また、守られた」
「…………」
「私は……何も、守れない」
「……でも、こうして無事に戻ってきた」
腕の中の存在を確認するように小さな背を軽く叩く。
額の寄せられた胸元に濡れた感触を感じた。
絶対に彼女は人前で涙を流さない。
辛い思いをいくつも背負って、ギリギリまで自分を追い込んで、
壊れる寸前になって、漸くここへ戻ってくる。
「私が加勢していれば……彼らは助かったかもしれないのに……」
「代わりにお前が助からなかったかもしれない。
……“もし”なんて仮定に意味がねぇことぐらいわかってんだろ」
帰ってくる言葉はない。
饒舌なキャラじゃないことは自覚しているが、それでもゲンマは言葉を続けた。
「お前は自分の命の重さを理解している。だから一人で戻ってきたんだろ。
それでもう、お前はあいつらの思いを守ってやってんだよ」
を失うわけにはいかない、と彼女を一人逃がした仲間達の願いを。
唯一無二の希有な能力。
この先、里の未来を変えることになるであろう力
生まれ持った能力故に、彼女は常に“守られるべき存在”なのだ。
「それでも私は……大切なものを、仲間を守れるようになりたい……」
「ああ……わかってる」
守りたいのに、守られてばかりで
矛盾する思いが心を縛る。
「……もう、涙を流したくないから、」
強くなりたい
懺悔のように泣いて、必ずそう呟く。
は若いながらに里でもトップクラスの実力を持ち主だ。
それでも足りない、と自らを追い込んで、また傷ついていく。
いつでも誰かのために必死で、真っ直ぐで
壊れそうな危うさを抱えていて、
でも、その全てが愛おしくて
手を離せば一人でどこまでも行ってしまいそうだから
「――、」
ぐい、と腕を引いて、そのまま二人でベッドに倒れ込む。
わっ、と声を上げたは、腕の中で驚いたように瞬きを繰り返した。
「ゲン、マ?」
「寝るぞ」
腕にを捉えたまま、片手で器用に布団を被る。
「どうせお前も休みだろ?二度寝するから付き合えよ」
「でも、私やることが……」
「いいから寝てろ」
小さな背に腕を回して強く拘束すると、はむ、と口を噤んだ。
「お前はいつも溜め込み過ぎなんだよ。
もっと心に余裕持たねぇといらねえ怪我することになるぞ」
「だから……鍛錬して強くならないと」
「それがいらねえ怪我の元なんだっての。
今のお前にまともな鍛錬が出来んのか?」
「っ……それは、」
「焦りすぎるな、。」
低い声で囁いて、白い頬に手のひらを添える。
「すぐに強くなれるわけじゃねぇんだし、第一お前帰ってきたばっかだろ。
目に見えるほど疲れてんのに無理すんなっつーの」
「目に……見える?」
「どっからどう見ても疲れ果ててる」
「う……」
ゴメン、と申し訳なさそうに目が伏せられた
「今は休んで、英気を養っとけ。
それが……お前のやるべきことじゃないのか?」
いずれの力は必要になる。
その時がいつ来ても良いように、心身共に常に万全の状態でいなくては。
「……わかった」
ふっ、と強張っていた肩の力が抜ける。
漸く復活したか、と知らず安堵の笑みがこぼれた。
「どうせロクに寝てないんだろ?
睡眠不足は美容の大敵だろうが。くの一が目の下に隈作ってどうする」
うり、と目元をなぞってやると、はくすぐったそうに首を竦めた。
「起きたら何でも付き合ってやっから、今はゆっくり寝てろ」
「二度寝に付き合えってさっき言ってなかった?」
「だから一緒に寝てやるって言ってんだ。
そっちの方がよく眠れるだろ?」
「……襲われなければね」
呆れたような呟き。いつものだ。
「んなこと言ってっとマジで押し倒すぞ」
「寝かせたいのか寝かせたくないのかどっちよ?」
「お前の態度次第」
にやりと笑うと、は頬を赤らめて布団を耳まで被った。
「寝ます。すぐ寝ます。
疲れてるんだから余計な運動させないでよ」
「そうそう。素直が一番だぜ」
とんとん、と幼子を寝かしつけるように優しく背を叩く。
「……ねぇ、」
うとり、と意識を手放しかけて間延びした声が呟く。
「起きたらカボチャのスープが食べたい」
「作れってか?」
うん、とくぐもった声が肯定する。
夢現な彼女の本音がぽつりと零れる。
「……ゲンマ」
「何だ?」
「……ありがと」
いつも、傍にいてくれて。
「――今更、だろうが」
さらりと前髪をかきあげ、額に触れるだけの口付け。
すでに夢の中へ落ちたを逃がさぬよう拘束し、ゲンマもまた、二度目の眠りに落ちていく。
目が覚めた時、このあどけない寝顔がまだ腕の中に在ることを願って――
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あとがき
三周年記念に書いた【休日の朝】シリーズです。
何故かシリアスになってしまった……orz
シリアスを書くといつも長くなってしまうので、無理矢理打ち切り戦法!
ゲンマさんの口調忘れちまったぜ……OTL
とにかく二度寝万歳。
2009 6 7 水無月