すっかり日が短くなり、昼夜を問わず冷え込む季節になってきた。
グランコクマはバチカルなどに比べて北方に位置するため、この時期は身を刺すような寒さに襲われる。
「すっかり冬だなあ……」
ケトルを火にかけながら悴む手のひらをこすり合わせていると、背後でガチャリ、とドアの開く音。
「おはよう。」
「ああ……はよ……」
眠気を抑え込むように額を押さえながら、はゆっくりとキッチンに近づき、
「朝食……手伝うよ。」
眠そうな瞳でも、言葉だけははっきりとそう伝えた。
そんな生真面目さが愛おしくて、ガイは小さく笑みを漏らす。
「疲れてるんなら寝ててもいいって言ってるだろ。」
「けど……」
「これくらい気にするな。……ほら、座って。」
背中を押してイスに座らせると、は悪い、と小さく呟いた。
「……次はちゃんと起きる。約束、だからな。」
「ああ。」
小さな約束。彼女と暮らすようになって、穏やかに変わっていく日常。
愛おしくて、だからこそ不安にもなる






聖夜が近づき、町や人の雰囲気はすっかりお祭りムードだ。
今まではファブレ公爵の屋敷でルークやナタと過ごしてきたが、今年は大切な恋人と過ごす約束だ。
どことなく浮ついている自分を感じながら、その日を目前にしたある朝。
「あの、さ……ガイ……」
にしては珍しく歯切れの悪い口調で切り出してきた。
「クリスマスの日なんだが……すまない、仕事が入った。」
「……そうか。」
ガイは手を止め、の言葉に耳を傾ける。
「夕方には切り上げて戻ってくるから、夕食は一緒に食べよう。ただ、昼間の買い物は……」
深く頭を下げるを、ガイはそっと撫でる。
が悪いわけじゃないだろ?買い物ぐらいいつでも行けばいいって。」
ギルドの看板傭兵として今も仕事を続けているには、時折こうして急な依頼が舞い込んでくる。
居を移したため受ける依頼の量は減っているものの、このように予定が上書きされることは珍しくない。
「……本当に、すまない。」
ガイに対して詫びる、沈んだ表情。もう仕事の予定はしっかり組まれているのだろう。
事情を誤魔化さず、深く詫びるのは彼女が傭兵という仕事に誇りを持っているが故。
そんな彼女だから、愛しいと思った。傍で支えていきたいと。
が深く頭を下げるたびに、ガイはそう言って髪を撫でてくれる。
「ん……ありがとう。」
照れたように、はにかみながらは小さく頷く。
この場所に帰ってきてもいい。帰りたい。そんな風に思える存在がいることが、何よりもを満たしてくれた。




の仕事はイブの朝からだった。
依頼はケテルブルクの貴族からで、ロニール雪山の付近に生息する魔物が稀に落とすという特殊な音素構成の結晶を届けてほしいという。
「じゃあ……明日の夕方には戻るから。」
「あせらなくていいから、無事に帰ってきてくれよ。」
軽く抱き寄せて、額にキス。ちゅ、とリップノイズを残して唇が離れる。
「!」
「気をつけてな。」
「っ……行ってくる!」
離れた途端にくるりと背を向け、は足早に家を出て行った。

ガイのこうしたスキンシップにはなかなか慣れなくて、赤い顔を隠すように、うつむきがちには街を歩く。
「……私もまだまだだな。」
「何がだ?」
独り言に返事が返ってきて顔を上げると、顔馴染みの傭兵たちがすでに集まっていた。
「よう、。今日は一段と寒いな。」
「あ、ああ。」
の表情である程度察したのか、付き合いの長い男傭兵はやれやれと肩をすくめた。
「しかし良いのか?新婚の若い女がこんな日にこんな仕事してて。」
「まだ結婚はしてない。」
「一緒に住んでるなら同じようなものじゃねえか。」
他の傭兵たちにもうんうんと頷かれ、はう、と言葉を詰まらせる。
「どっちでもいいが、今年はお前にも伴侶がいるんだ。無理に出ることはなかっただろう。」
その言葉に、は小さく、はっきりと首を振る。
「ギルドを……私たちを信頼しての依頼だ。
それに今回の標的はかなり手強い。私情を挟んで余計な死傷者が出たら困る。」
きっぱりと言い切るの表情は傭兵のそれに切り替わっていた。
「そういうところは相変わらずだな。」
「……性分、みたいなものだと思う。簡単には変えられないんだろうな。」






依頼された物は、急な冷え込みや大地の変動の影響か、予定よりも早く入手することが出来た。
仲介人に納品し、グランコクマに戻ってきたのは日が暮れだす前だった。
「かなり早く戻れたな。よかったじゃねえか。」
「ああ。」
港に着いて、はふ、と小さく笑みを漏らす。
今まで会えない日は何度もあったが、特別な日にガイと少しでも長くいられる。
自然と頬が緩むが、こんな感情も悪くない、と素直にそう思えた。

「……ん?」
クリスマスムードの街を歩いていると、ある物が目に止まった。
きらびやかな包装をされ、首にリボンの巻かれたボトル。ショーケースに飾られたクリスマス仕様の瓶に、は足を止める。
「……あのさ、」
一緒に戻ってきた傭兵に生真面目な声で訊ねる。
「男から見て、女にこういう贈り物をされるのはどういう感じなんだ?」
「どうって……まあいいんじゃないか?要は気持ちってやつだろ。」
「そうなのか……」
男傭兵はそうだな、と頭を掻いて、
「お前の旦那……じゃない、恋人か。
そいつはこの仕事のことや、お前のそういうところをちゃんと理解してくれて一緒にいるんだろ。
だからお前がそいつのことを考えて選んだものなら、嬉しいと思うぜ。」
「そう、か……」
はきゅ、と意を決したように唇を結んで、店の中へ入っていった。


あれこれと悩んだ結果、ガイの好みそうな酒を数本と、店員に薦められたペアのグラスを買って出てきた。
「付き合ってもらって悪いな。」
「気にすんな。」
酒を選ぶところまで付き合ってくれた男傭兵は、苦笑交じりに言葉を続ける。
「しかしお前との付き合いも長いが……まさかこんな相談をされる日が来るとはな。」
「……私もそう思う。自分がこんな風に人の為に悩むなんて、思いもしなかった。」
「他人の感情には聡いくせに、自分の感情はとことん置き去りにする。
……あれこれ言ってるが、皆お前のこと心配してたんだぜ。」
そんなこと、とっくに知ってる。……と言い掛けた言葉を胸のうちにしまって、は顔を上げた。
「本当に感謝してる。……ありがとう。」
照れたようにはにかんで、くるりと踵を返す。
「それじゃあ、よいクリスマスを。」
「そっちもな。喧嘩するなよ。」
ポン、と肩を叩かれ、そんなことするか。と呟きながらは家路に着いた。





「ただいま。」
帰ってきてリビングに入ると、ガイがソファでくつろいでいた。
「ガイ?」
いつもならお帰り。と迎えてくれる声がない。
眠っているのかと顔を覗き込もうとすると、ああ……と小さく呟いて、ガイが身を起こした。
「お帰り。……早かったんだな。」
「ああ。仕事が上手く進んだんだ。」
上機嫌なは、いつもとは違う声のトーンに気がつかない。
「それで、なんていうか……詫びっていうかその、二人で飲みたいと思って。」
そう言ってガイの方を振り向こうとして──は漸く彼の異変に気づいた。
「っ……ガ、イ……?」
急に後ろから抱きすくめられて身動きが取れない。
身体が密着して、どくどくとうるさい心臓の音が聞こえてしまうのでは、と思ってしまう。
「な、何かあったのか?」
彼の表情が見えないことにさらに動揺して、声が上ずる。
「……は、」
低い声でガイが切り出す。静かな口調には覚えがある。
「俺じゃなくて、向こうで……仕事の仲間達と一緒にいたほうが良いんじゃないのか。」
「……?」
「あっちのほうが、一番自然体でキミらしくいられてるだろう。付き合いも長いしな。
……買い物とか、話とか、俺といるより楽しそうだ。」
「そんなこと……な、い……」
経験のない状況に上手く言葉が出てこない。
すると不意に、抱きしめる腕に力がこめられた。同時にその腕が僅かに震えているのに気がつく。
怒らせてしまったのか。──すぐに謝ろうとしたに、ガイが感情を押し殺した声で告げる。
「あるだろ。……今日、楽しそうに買い物していたじゃないか。」
「え、」
ピタリとの思考は固まる。
今日、と言われれば思い当たるのはあのことしかない。
「ちが、あれは……」
ガイのために、ガイのことを考えて買い物をしていたのに。
「……が俺のために選んでくれたのはわかってる。」
「だったら、なんで……」
戸惑うに、ガイは長くため息をつく。
「不安になったんだ。……俺がと一緒にいてもいいのかって。」
「……?」
「俺といるよりも、傭兵の仲間達と一緒にいるときのほうが良く笑っている。
……キミに笑顔でいてもらうには、俺よりも彼らの傍にいたほうがいいんじゃないか、って。」
「ガイ……」
「まっすぐで、誰よりも強いキミだから好きになった。
……だから仕事仲間とキミが笑っているのは良いことだとわかっているのに……不安でたまらなくなるんだ。
俺はキミの傍にいていいのかって……」
「そんなことっ……!」
は腕を振りほどき、正面からガイを見据える。
蒼い瞳にいつもの明るさは見られない。
「そんなこと、ない。……私は、ガイの傍にいたいからいるんだ。」
ぽすん、とガイの胸によりかかる。自分からこんな風に彼に触れるのは初めてだった。
「……確かにあいつらとの付き合いは長いし、一緒にいると気が楽だとは思う。
ただ、ガイはそういうのじゃなくて……上手く言えないんだが……」
はあ、と気持ちを落ち着かせるように息を吐く。
「帰りたい、と思えるんだ。何があってもガイのところに帰ってきたい……そんな風に思ったのは初めてなんだ。
自分のすべてを預けてもいいと思えたのも、自分の意思で誰かのために何かをしたいと思えたのも、ガイと出会ってからだ。
……他のやつらとは違う。ガイは、特別なんだ。」
言い終わった途端強く抱きしめられた。先ほどのように拘束するのではなく、溢れる想いをぶつけるように。
「っ……苦、しい……」
「店でキミを見て、楽しそうに笑っていて……苦しくなったんだ。
にとって仕事の仲間が大切な存在だってわかっていたのに……嫉妬したんだ。
我ながら情けないよ……ごめんな、。」
「謝るのは私だろう。もとはといえば私が──」
言葉の続きは塞がれて途切れる。
唇を塞ぐ甘い熱に目を見開いて──はそっと腕を伸ばした。
「……好きだ、。」
耳元で囁かれた言葉は、いつもと少し違った熱を孕んで聞こえた。






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あとがき
クーリスマースがーこーとーしーも去ってゆくー。
一週間遅れだよごめんなさいでした!!!
しかもgdgdですみません。内臓から逆流するレベルで甘い。げろす。
なんか嫉妬ネタがプチブームでガイ様でいちゃいちゃしたかった。それだけでしたり。
 2013 1 2  水無月