「セネル、一緒に行ってもいい?」
「ああ」
ホールで待機していたセネルに声をかける。
「チュロス海底遺跡だっけ?
ルチルブライトのことなんてどこで知ったんだろ」
なんと、依頼人はルチルブライトの納品まで頼んできていた。
情報は何処から漏れるかわからない。
「変わり者って噂だ。
まあ、悪人ではないようだし、気にするな」
「そうだね」
セネルの言うとおりだろう。
このギルドはいろんな人がいる。
依頼の他に、情報だってたくさん行き来する。
ルチルブライトのことも、別段秘密にしていたわけではない。
「それじゃあ、今日は待機?」
「ああ。カイウスたちがルチルクォーツを採りに行った。
それを持って向かうことになるな」
「了解。それじゃあ、また明日」
チャットに手続きだけしてもらい、セネルと別れる。
「海底遺跡のモンスターは水攻撃だから……」
部屋の中で装備品を整える。
準備の時間がたっぷりある、というのは今まであまりなかった気がする。
その時その時でいろんなことが起こりすぎて、ゆっくり待ってなんていられなかったから。
「ん。こんなもんかな」
一応探索用の荷物を用意し、武器の手入れをして部屋で待機。
「クリスマス、かあ……」
家族、恋人、友人……大切な人と過ごす、聖なる夜。
どんなものなのか、記憶のない自分にはわからないけれど、きっとすごく素敵なものだと思う。
「……うん。がんばろう」
それを楽しみにしている人が、いるのだから。
翌日
カイウスたちが調達してきたルチルクォーツを持って、二人はチュロス海底遺跡へと降りた。
「時間も押してるしな。なるべく戦闘は避けて進もう」
「わかった」
薄暗い遺跡を、やや急ぎ足で進む。
潮の匂いがむっと満ちていて嗅覚が働かないし、海底だからか、普段とは違う空気を感じる。
前に一度来たきりなのに、セネルは迷うことなく遺跡を奥へ進んでいく。
その背中が、すごく頼もしかった。
「セネルはさ、どうしてこんなに協力してくれるの?」
「? どうしたんだ、いきなり」
「なんとなく思っただけ。
セネル、元はジェイドのところに雇われて派遣されたじゃない?
だから、ジェイドの方の仕事ばかり手伝うのかと思ってた」
「専門化の知識が必要だといわれたのはアドリビトムのほうだったからな。
必然的にこっちを手伝うことが多かっただけだ。
それに、俺だってここで世話になってる身なんだ。手伝うのは当たり前だろ」
「そっかー……それもそうだよね」
「……俺を堅物みたいに思ってたのか?」
「そうじゃないけど……あ、でも少しはそう思ってたかもしれない」
初めて会った時の自己紹介で、そう感じていた。
「セネルって真面目だし、いろんなこと知ってて頼りになるからさ。
冷静で、大人びてるって言うか……そんな感じで。
他の同年代の人と比べるとちょっと距離感あった気がするよ」
「……そうか」
「でも、本当は優しくて、他の人たちみたいに熱いところもあるってわかってる」
クロエの一件でセネルと初めてゆっくりしゃべって、セネルとの距離感が、少しは縮まった気がする。
……セネルのほうは、どう思ってるのかな。
そのうちしゃべることもなくなり、ほぼ無言で遺跡を奥へと進む。
やがて、一番奥の月光の間にたどり着いた。
「えっと、この光をルチルクォーツに宿らせて……」
の手のひらの中で、小さな石が淡い輝きを放つ。
「出来た!」
「これで目標達成だな」
「さすがに奥まで来ると疲れた……」
「ああ、そうだな」
はあ、と深いため息をつくの肩に、セネルの手が触れる。
「のおかげで早く終わらせることができた。助かった」
「あはは、どういたしまして」
思いもしなかった言葉をかけられて、は苦笑いを浮かべる。
「さてと、戻るか」
「ん、」
へばり気味のを気遣ってか、セネルの歩調は少しゆっくりだった。
「ただいまー」
船に戻って声をかけるが、忙しいのかすぐに人は出てこなかった。
「、それにクーリッジ。戻ったのか」
ちょうど手が空いていたのか、通りかかったのか。
ホールで待ってた二人を、クロエが出迎えてくれた。
「クロエ、チャットは?」
「今さっき機関室に下りていったと思う」
「ありがと」
「ああ。報告が終わったら、忙しそうなところを手伝ってくれ」
「うん。わかった」
クロエが去った後、二人でやれやれと肩をすくめる。
「忙しい船だな……」
「そうだね」
ちらりと、食堂のほうに目をやる。
派手な音はしないが、忙しそうな足音は聞こえる。あと、かすかにいい匂いも。
事の発端は昨日。
依頼の内容を聞いたイリアやファラが、この船でもパーティをしたいと言い出した。
それにリリスやクレア、仕事から戻ってきたルビアやアーチェと、
祝い事やお祭りごとが好きな女の子たちが賛成して、昨夜から急いでパーティの準備が進められている。
「チャットの弱点知り尽くしてるからなー。もう……」
チャットのほうは、イリアとファラがケーキで釣って掌握済み。
リッドとキールのため息なんて数え切れない。
「でも、たまにはいいんじゃない?
私、クリスマスパーティなんて初めてだし、実はちょっと楽しみなんだ」
生まれて初めてのパーティ。期待しないわけがない。
「それじゃ、私チャットに報告しておくよ。
セネルは先にみんなの手伝いしてて」
「わかった」
苦笑交じりで頷いて、セネルは軽くの頭に手を乗せる。
「無理しないで、疲れたら休んでおけよ」
「うん……!」
その日の夜――
依頼人に納品を済ませ、バンエルティア号では盛大なクリスマスパーティが行われていた。
ツリーも飾りも、納品のあまり物や余分に持っていたものだけだが、元の船の造りもあってか結構華やかな雰囲気になった。
料理もパニールら厨房スタッフが腕によりをかけて作ったメニューが所狭しと並んでいる。
「それじゃあ、代表としてボクから。
みなさん、おつかれさまでした。かんぱーいっ!」
『かんぱーい!!』
かちん、とグラスがぶつかり合う。
おのおの、料理を取ったり、用意したプレゼントを交換したりする。
負に覆われつつあるとは思えない、明るい空間がそこにはあった。
「んー、このパイ美味しい!」
「それクレアさんが作ったんですよ。すごく手間隙かけて」
「すごいクレア!すっごく美味しいよ!」
「ありがとう、」
厨房を手伝っていたは、クレアやリリスと一緒にパーティを楽しんでいた。
「ああ、よかった。いたわ」
すると、パニールが何かを抱えて食堂に入ってきた。
「みんな手伝ってくれてありがとう。とても助かったわ」
「ううん。私たちも楽しかったからいいんだよ」
ね!と周りも頷く。
「ふふ。それならよかったわ。
そうそう、これ、私からのクリスマスプレゼントよ」
そういってパニールは抱えていたものをテーブルの上に広げる。
「わ、かわいい!」
「これ香水ですか?」
「ええ。昔ちょっと趣味で集めていてね。
あなたたち好きそうだと思ったから、こっそり買っておいたのよ」
「もらっていいんですか?」
「もちろんよ。好きなのを選んでちょうだいな」
「やったあ!」
きらきらと光る宝石のような入れ物に入った香水は、色も香りもさまざまで、
いろいろと手にとって眺めてみる。
「これ、綺麗……」
ふと目に付いたのは淡い橙の小瓶。
パステルカラーのリボンが可愛らしい。
「それが気に入ったの?」
「あ、ちょっと可愛いなって思っただけ。
私、香水とかよくわからないし」
「難しく考えなくて良いのよ」
そういってパニールはその小瓶をの手に握らせる。
「可愛いから、気に入った。
女の子なんだから、それで十分よ」
それから、「きっとあなたに合うわ」と付け加えてくれた。
「うん……ありがとう、パニール!」
「ふう……」
初めてのパーティに少し疲れを覚えて、は人気のない展望室に上がってきた。
「でも、楽しいなあ……」
こんなに楽しいのは初めてで、少し戸惑ってしまう。
「プレゼント、もらっちゃったし」
”女の子”
パニールはそう言ってくれた。
嬉しくって、自然と頬が緩む。
「……せっかくだし、少しつけてみようかな?」
教わったとおりに、軽く一吹きしてみる。
ふわりと、甘酸っぱい香りが広がった。
「いい香り……」
香りを堪能していると、下から足音が聞こえてきた。
「?……あ」
「……?いたのか」
「セネル、」
上がってきたのはセネルだった。
「一人か?」
「うん。ちょっと休憩」
「俺もだ。そこ、いいか?」
「うん」
隣にセネルが腰掛ける。
「楽しそうだな」
「え?」
「パーティ。楽しんでるみたいだな」
「うん。すごく楽しいよ。
セネルは楽しんでる?」
「ああ」
よかった、とは笑う。
と、セネルが急に首をかしげた。
「なあ……何か、甘い匂いしないか?」
「匂い?……あっ」
もしかして、と自分の手首に鼻を近づける。
甘酸っぱい、蜜柑の香り。
「ゴメン、香水なんだけど……嫌いだった?」
「嫌いじゃないが……、香水なんてするのか?」
「ううん、初めて。
さっきパニールがくれたの。プレゼントって」
事情を話すと、セネルは一瞬きょとんとして、それから穏やかに笑った。
「優しい香りだな。気分が落ち着く」
「そう……なの?よかった」
ほうっと胸をなでおろして、はセネルのほうを向く。
「……セネルは、海の香りがするんだね」
「香りって……そんなのわかるのか?」
「そんな気がするだけだよ。
透き通って爽やかな、海と風の香り」
「……」
沈黙が、二人の間を支配する。
「……ちょっとロマンチックすぎたかな?
カノンノだったらこう言うかなーって思ったんだけど」
「そうだな」
ふ、と笑って、セネルはの肩を軽く叩く。
「面白かったと思うぞ」
ふわりと、優しい香りが包み込む
香水
(効能は如何ほど……?)
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あとがき
遅くなりましたが、クリスマス・セネルverです。
完全偽者orz
漫画とゲームの台詞を頼りにしたのですが、なんか……よくわからん。
香水って見てるだけで楽しいですよね。え?私だけ?
2010 1 7 水無月