「──下がっていいぜ。」
「はっ……失礼いたします。」
去っていく背中を見送ると、傍らの政宗がふ、と笑みをこぼした。
「気になるのか?」
誰が、とは聞かずとも察し、小十郎は首を横に振る。
「いえ……些細なことです。お気になさいますな。」
「そうか?……ま、それにしてもよく働くヤツだな。アイツは。」
の報告でずいぶんと書き込みの進んだ地図を眺め、政宗は感心しているのか、楽しげに笑んだ。
「性格なのでしょう。……一度休ませてやった方がよろしいかと。」
「そうだな。後でお前から言っておいてくれ。」
「はっ」




他の用事を済ませ、日が暮れた頃に小十郎はの部屋を訪ねた。
休みのことを告げる前に、気にかかっていたことを訊くと彼女は一瞬表情を強張らせた。
やはりな。とそれは確信に変わる。
物見の報告の時、動作に違和感を感じた。どことなくぎこちないような気がしていた。
の動作はすべてが洗練されており、故に僅かな褪せが際だつ。
何かあったことは確かだろうが、主君への報告を途中で遮るわけにもいかず、胸の内に留めておいた。


「左腕の怪我だ。見せろ。」
隠そうとしたの腕を掴み、近くに身を寄せる。
そっと袖を捲ると赤黒く滲んだ包帯が露わになった。想像していたよりも深手を負っていたことに小十郎は内心で舌を打つ。
事の詳細を聞き、休むように言い聞かせ……命じれば、は静かに頷いた。




の部屋を後にしてから、小十郎は小さくため息をついた。
苛立ちとは違う、何ともすっきりしない感覚が胸の内で渦巻いている。
他の者達には抱くことのないもの。馴染みのない感覚。
ふと、小十郎は自分の手のひらに視線を落とす。
咄嗟に掴んだの腕は、それだけで本当に折れてしまいそうな細さだった。
色白の肌の所為か一層痛々しく見えるのに、大丈夫だと、弱さを見せまいとするその姿はどこか危うくて。
放っておけないのに、思わず突き放してしまうような言い方をしてしまったと、小十郎は二度目のため息をこぼした。
のことを嫌っている訳ではない。
政宗を始め好戦的な者の多い伊達軍において、真面目で落ち着いた性格のは貴重な存在だ。
特に軍師として皆を諫める立場にある小十郎にとっては助けになることが多い。
そんな彼女を疎う理由などあるはずがないのだ──



考え事をしながら小十郎は丘の上の畑へ寄った。
ゆっくりと、育っている作物の様子を一つ一つ確かめる。
「ちゃんと育ってるな……」
最後に、一番端に植えられた苗にそっと触れる。
ここへ苗を植える時、柘榴が手伝いにと、を連れてきたことがあった。
『作物を植えるのは、初めてなんです。』
恥ずかしそうにはそう言っていた。
何事も卒なくこなす彼女の意外な素顔を思い出す。
そして、慣れない手付きで丁寧に植えた苗を見つめる穏やかな表情を思い出して──また胸がざわつくのを感じた。


冷静に、前に出過ぎず、的確に周囲を助ける。才色兼備をそのまま体現したような彼女の、素顔。
ちらつく度に胸がざわつくような感覚に捉われるのは──その立ち姿に、どこか壊れてしまいそうな危うさが見えるからだろうか。


「……」
ふ、と短く息を吐いて小十郎は腰を上げた。
今は物思いに耽っているときではない。
自分は伊達の軍師であり、はその配下だ。
手に付いた土を払いながら自分自身にそう言い聞かせる。
胸のざわつきが多少収まってから、小十郎は畑を後にした。